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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1018号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

1 請求原因一のうち、松本信公が本件土地を所有していたことは当事者間に争いがない。<証拠>によると、松本信公は、昭和四年六月一三日松村某に対し、本件土地を賃貸し、右松村は、本件土地上に旧建物を建築してこれを所有していたが、その後昭和一〇年ころ石原治雄に対し、旧建物を本件土地の賃借権とともに譲渡したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(昭和四年六月一三日本件土地が賃貸されたことは、当事者間に争いがない。)。そして、請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

2 請求原因三の事実のうち、中村金蔵が昭和二四年一二月一四日松本信公から本件土地を買い受け、賃貸人の地位を承継取得したこと、中村金蔵が昭和四二年六月一八日死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、亡光枝が昭和四二年六月一八日相続により本件土地の所有権及び賃貸人の地位を取得したことが認められる。

3 被控訴人は、本件賃貸借契約は、昭和三四年六月一三日に法定更新されたので、昭和五四年六月一二日が期間満了の日であると主張し、これに対し、控訴人は、昭和二四年六月一三日に第一回目の法定更新がなされ、更に、昭和四四年六月一三日に第二回目の法定更新がなされたから昭和六四年六月一二日が期間満了の日であると主張して、被控訴人の右主張を否認する。

そこで、判断するに、本件賃貸借契約が昭和四年六月一三日に成立したことは上記のとおりである(当初の賃貸人は松本信公、賃借人は松村某)。ところで、借地法(大正一〇年法律第四九号)の施行期日及び施行区域は、勅令をもつて順次定められた(同法一五条、一六条)のであるが、これを東京都(東京府)についてみると、先ず大正一〇年勅令第二〇七号をもつて大正一〇年五月一五日から東京市、荏原郡のうち品川町、大崎町、豊多摩郡のうち淀橋町、大久保町、戸塚町、千駄ヶ谷町、渋谷町、北豊島郡のうち南千住町、巣鴨町、瀧野川町、高田町、日暮里町、西巣鴨町、南葛飾郡のうち吾嬬町、亀戸町、大島町、寺島村、砂村に施行され、次いで大正一三年勅令第一七三号をもつて大正一三年八月一五日から荏原郡のうち大森町、大井町、入新井町、日黒町、平塚村、豊多摩郡のうち中野町、落合町、代々幡町、北豊島郡のうち板橋町、王子町、三河島町、尾久町、長崎村、南足立郡のうち千住町、南葛飾郡のうち隅田町に施行され、昭和一四年勅令第八六四号をもつて昭和一四年一二月二八日から東京府内の未施行地域に施行されたのである(<証拠略>)。そして、<証拠>によると、本件土地の所在表示の変遷は被控訴人の当審における主張1(二)(1)①のとおりであることが認められるから、本件土地の所在地に同法が施行され、本件土地の賃貸借契約について同法が適用されることになつたのは、本件土地の所在地である東京府荏原郡碑衾町大字碑文谷北三谷が行政区画の変更により東京市に編入された昭和七年一〇月一日である。

4 そうすると、同法施行前に設定された賃借権の存続期間は、既に経過した期間を算入して、非堅固建物の所有を目的とするものについては二〇年とされる(同法一七条一項本文)から、昭和四年六月一三日に締結された本件賃貸借契約は昭和二四年六月一二日にその期間が満了したものというべきところ、弁論の全趣旨によると、本件賃貸借契約は、右期間満了の日の翌日(昭和二四年六月一三日)に、同法六条の規定により期間を二〇年として更新されたものと認められる。したがつて、右更新後の本件賃貸借契約の期間満了の日は、昭和四四年六月一二日である。そうすると、被控訴人の本件賃貸借契約の期間満了の日が昭和五四年六月一二日であることを前提としてした更新拒絶の意思表示は前提を欠くから、正当事由の有無についての判断をするまでもなく、その効力を生ずるに由なきものといわざるを得ない。(被控訴人は、借地法の施行期日及び施行区域についての控訴人の主張は時機に遅れた攻撃防禦方法であると主張するが、法律の適用は裁判所の専権に属するところ、借地法一五条、一六条により勅令をもつて定める旨規定された同法の施行期日及び施行区域について調査し、本件土地についていつから同法が施行されたかを調査することは裁判所の職責に属することがらであるから、この点に関する当事者の主張については民訴法一三九条の適用はない。)

5 被控訴人は、当審において、第一次請求の請求原因として、本件賃貸借契約は昭和四四年六月一二日に期間が満了したところ、亡光枝は控訴人に対し、昭和五一年一二月一八日付け内容証明郵便をもつて、控訴人の本件土地の使用継続に対し、遅滞なく異議を述べた旨主張する。亡光枝が、控訴人に対し、右内容証明郵便をもつて、本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。右意思表示は、本件賃貸借の期間満了の日が昭和五四年六月一二日であることを前提とする更新拒絶の意思表示であることが弁論の全趣旨により明らかであるから、これをもつて、昭和四四年六月一二日の期間満了後においても控訴人が本件土地の使用を継続することに対する「異議」と見ることができるかは問題であるが、それは暫く措くとしても、右意思表示をもつて、使用継続に対して「遅滞なく」述べた異議に当たるということはできない。すなわち、賃貸借契約の締結が遠い過去に属し、当事者双方にとつて契約締結の時期があいまいになり、賃貸人に対し期間満了の際直ちにそのことを知つて異議を述べることが容易に期待できず、賃借人もまたその時期にはこれを予期していないような特段の事情がある場合においては、賃貸人が漸く期間満了の時期が到来したと推測して直ちに述べた異議が、訴訟における審理の結果判明した契約成立の時期から起算すると、賃貸借の期間満了後若干の日時を経過した後に述べられたことになるとしても、この異議をもつて借地法六条にいう遅滞なく述べられた異議に当たると解する余地がある(最高裁判所昭和三六年(オ)第四九四号、同三九年一〇月一六日第二小法廷判決、民集一八巻八号一七〇五頁参照)が、本件においては、亡光枝は、従来から本件賃貸借契約締結の日を昭和四年六月一三日であることを知悉していたのであるが、本件賃貸借契約の第一回目の期間満了の日は借地法二条一項の規定により昭和三四年六月一二日(期間三〇年)であり、更新後の第二回目の期間満了の日は同法五条一項の規定により昭和五四年六月一二日(期間二〇年)であると理解した上、右認定の更新拒絶の意思表示をした上本件訴訟を提起したものであることが、本件訴訟の経過及び弁論の全趣旨から明らかである。そうであるとすると、本件賃貸借契約の期間満了の日が正しくは前説示のとおりであるのに、亡光枝がこれを右のように誤解していたのは、法の不知ないしは誤解に基因するものであつて、専ら被控訴人側の責任によるものといわざるを得ない。更に、右の意思表示は、期間満了の日から実に約七年六箇月を経た後になされたものであるから、これをもつて使用継続に対して「遅滞なく」述べた異議に当たると解するとすれば、当事者の信頼関係を基礎とする継続的な契約である賃貸借契約の存続期間の実に三分の一以上を経過しているのに、一挙にこれを覆す結果となることもあるのである。したがつて、当裁判所に顕著な以下の事実、すなわち、本件訴訟において控訴人が当初大正一二、三年を本件賃貸借契約の始期と主張していたところ、当審一三回口頭弁論期日に至つて被控訴人の本件賃貸借契約の始期に関する主張(昭和四年六月一三日)を認めた上、借地法の施行期日及び施行区域に関する前記主張をするに至つたこと、当審における控訴人の主張、立証の大半が本件賃貸借契約の始期について費やされたこと及び次期の期間満了の日まで約四年七箇月(当審口頭弁論終結の日現在)を残すのみであること並びに訴訟承継前の原審証人中村藤吉の証言により認められる控訴人の母角田愛子が昭和五一年一一月亡光枝に対し、本件土地に堅固建物(ビル)を建築したいとして事実上の契約更新の申し入れをしたことがあること(<証拠略>)を考慮にいれても、前記昭和五一年一二月一八日付け内容証明郵便をもつてした意思表示を、控訴人の使用継続に対して「遅滞なく」述べた異議に当たると解することはできないといわなければならない。被控訴人の右主張は、理由がない。

(吉江清景 林醇 渡邉等)

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